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訃報・これが本当のバッドニュース
2007/03/08(Thu)
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 新日本の常連外国人として活躍したバッドニュース・アレンさんが6日早朝、カナダ・カルガリーの病院で死去した。63歳だった。アレンさんは6日未明に同地の自宅で胸の痛みを訴えて家族と病院に急行したが、午前5時ごろに亡くなった。関係者は心臓疾患ではないかと話している。近年は現役中に痛めたひざが悪化して1人で歩けない状態になり、自宅療養していたという。
 アレンさんは76年モントリオール五輪の柔道重量級(93キロ超)で銅メダルを獲得。77年10月25日に新日本に参戦し、坂口征二との柔道ジャケットマッチに敗れた。その後、プロレスに興味を持ち、新日本の道場に住み込みで練習した。指導したアントニオ猪木は「金メダリストのルスカと張り合っていたが、プロレスラーとしてはアレンが上だった」と振り返った。当時を知る藤波辰爾(現・無我ワールド)は「外国人というより、所属選手のような親しみがあった。巡業で泊まる宿も日本人と一緒。ジョークも言わず、まじめだった」と話した。
 1月のバンバン・ビガロさん、2月のザ・グラジエーターさんに続き、日本育ちの名レスラーがまた1人この世を去った。
 ≪ニュースより≫

 もう20年は経つだろう。金曜八時に新日マットを黒い呪術師アブドーラ・ザ・ブッチャーと共に席巻していた頃の姿が懐かしい。五輪メダリストとしての格闘技の下地を持ち、ブッチャーの名参謀を努めた。猪木・藤波らとの抗争を繰り広げていた頃、当時子供の私としては、なんとも憎たらしい奴だと思っていた。
 レジェンドレスラーがまた一人この世を去った。非常にさびしい限りだ。ご冥福をお祈りいたします。
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毎日新聞・言うに事欠いて、こんな質問!?
2007/03/08(Thu)
<夕張市>幹部、破たんへの当事者意識薄く・・・毎日新聞
 財政再建団体に陥った夕張市を今月末で退職する幹部(部長職、次長職、課長職)のうち、毎日新聞社の聞き取り調査に応じた32人のほとんどの進路が決まっていないことが分かった。一方で財政破たんに対し、「自身の責任を感じている」とした幹部は4分の1にとどまり、当事者意識の薄さが浮き彫りとなっている。(新聞より抜粋)

 マスコミと国の役人が嫌いなので、またこんな感想を書いてしまう。

 これって、極端だけど、ロッキード事件のことを今の国会議員に『罪の意識はありますか?』と質問するのと同じなんじゃないの?マスコミは国には弱いけれど、地方には強いからね。それにしても見当違いの愚問だと思う。国の政策の元、当時の市長の方針で職員が従ったまでのことでしょ。しかも、今の幹部に質問をぶつけたところで、当時は下っ端の職員に過ぎなかったのだろうから・・・。この方達には、多方面に対する憤りもあると思う。怒らず、質問に答えただけでも偉いとさえ思う。
 昨年の夏のボーナスの話は、あまり感心できないけれど・・・ただ、この人達にしてみれば諸先輩方の足跡のしわ寄せを受けているわけだ。アンケートの結果どおり、100パーセント自分に責任を感じる必要はないと思うよ。
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