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西村修は一生、長州力を超えられない
2007/10/23(Tue)
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西村=無我と言われた男が、無我ワールドプロレスリングと決別し、全日本プロレスに電撃移籍したらしい。

藤波「西村の中で何か思うところがあるのか、こっちには何も伝わっていない」
武藤「あそこまでの思想を持った逸材は、全日本から見れば非常にありがたい」
西村「藤波さんにはこれから伝える。いろんなうわさで耳に伝わっていると思います。無我という思想を1人で守り続けてきた自負が自分にはある。大いに問題になるのは覚悟の上です」。



 武藤のコメントも西村のコメントも虫のいい話だ。
 今回の件は、新日を退団した時の武藤と手口は似ているかな。武藤には華が合った分、ファンは受け入れやすかったけれど・・・。西村は自身のブログでも長州を相当悪く書いているが、もう長州のことは言えないはずだ。しかも、長州や猪木という偉大なレスラーがスキャンダルを起こすこととは、ファンに与えるイメージが異なる。正直、大物とは言えない西村が、これを機にプロレス界に絶大な好影響をもたらすとは思えない。当時の猪木や長州はもっと大人だった。自分のことよりもファンやプロレス界を重んじていた節がある。しかし西村は自分のことで精一杯といった感じだ。
 新日一筋、まさか退団などありえないと思われた藤波を巻き込み、立派なことを言いながら新団体を設立し、この期に及んでこの有様とは・・・。
 
 西村は、無我でもラマでもない。むしろ、その類のものは一番彼に欠けている部分だろう。彼は、長州、新日、そして無我、いつも人のせいにしてきた。私の見解だが、何もかも人のせいする人間には、自分を極端に大切にしすぎる人間が極めて多いように思う。西村もそのように映ってしまう。
 現在この件に関して、藤波も無我も大人の対応をしている。心やさしい無我・藤波は、西村を許すだろう。西村は藤波を越えることもできない。

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ZARD
2007/05/30(Wed)
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 一昨日、移動中の車のラジオで坂井泉水さんの訃報を知り、衝撃を受けた。ZARDとしてのデビューが91年、私が高校生から大学生の頃に大ブレイクしていたわけで、ものすごくファンというわけではなかったけれど、当時はアルバムを買って聴いたり、歌番組にしろお店の中にしろ、とにかく至る所でZARDの歌を聞く機会があった。だから、思い出もありやっぱり悲しい。
 ずっと謎の部分が多かった・・・病気を患っていたことも知らなかったし、年齢を聞いてびっくりもした。どうして亡くなったのかも謎・・・最後まで持ち味を貫き通したという感じさえする。心よりご冥福をお祈りします。
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訃報・これが本当のバッドニュース
2007/03/08(Thu)
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 新日本の常連外国人として活躍したバッドニュース・アレンさんが6日早朝、カナダ・カルガリーの病院で死去した。63歳だった。アレンさんは6日未明に同地の自宅で胸の痛みを訴えて家族と病院に急行したが、午前5時ごろに亡くなった。関係者は心臓疾患ではないかと話している。近年は現役中に痛めたひざが悪化して1人で歩けない状態になり、自宅療養していたという。
 アレンさんは76年モントリオール五輪の柔道重量級(93キロ超)で銅メダルを獲得。77年10月25日に新日本に参戦し、坂口征二との柔道ジャケットマッチに敗れた。その後、プロレスに興味を持ち、新日本の道場に住み込みで練習した。指導したアントニオ猪木は「金メダリストのルスカと張り合っていたが、プロレスラーとしてはアレンが上だった」と振り返った。当時を知る藤波辰爾(現・無我ワールド)は「外国人というより、所属選手のような親しみがあった。巡業で泊まる宿も日本人と一緒。ジョークも言わず、まじめだった」と話した。
 1月のバンバン・ビガロさん、2月のザ・グラジエーターさんに続き、日本育ちの名レスラーがまた1人この世を去った。
 ≪ニュースより≫

 もう20年は経つだろう。金曜八時に新日マットを黒い呪術師アブドーラ・ザ・ブッチャーと共に席巻していた頃の姿が懐かしい。五輪メダリストとしての格闘技の下地を持ち、ブッチャーの名参謀を努めた。猪木・藤波らとの抗争を繰り広げていた頃、当時子供の私としては、なんとも憎たらしい奴だと思っていた。
 レジェンドレスラーがまた一人この世を去った。非常にさびしい限りだ。ご冥福をお祈りいたします。
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空前の越中ブーム!!本人もわかってるって!!
2007/02/07(Wed)
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≪まずはスポナビより≫
人気沸騰!越中 IWGP挑戦表明だって
 テレビ朝日系の人気バラエティー番組「アメトーーク」がきっかけで今シリーズ、ただでさえ高い会場人気が沸騰中の越中が、18日・両国大会で行われるIWGP戦、王者棚橋-挑戦者金本の勝者への挑戦を表明した。

【両国で中西との一騎打ちが決まっている越中のコメント】
「IWGPに挑戦させろ。中西を踏み台にしてやるって」と通過点扱い。
「今のチャンピオンは薄っぺらだって。あんな肩じゃ背負えないって」と棚橋を酷評。
「外の空気はもっと冷たいぜって」と、新日本勢を一喝。
酸いも甘いも知り尽くした48歳は「リングに上がればトシもキャリアもヘチマもないんだって」と、96年3月1日以来の挑戦に向けて意気盛んだった。

 もう、越中から目が話せない。コメントの口調からも、ファンへのサービス精神がうかがえる。とにかく面白すぎる。新日をアツくさせるのは48歳のレジェンドレスラー、越中詩郎しかいないって!!まだまだ、動けるレジェンドレスラーとして、大いにファンの期待に応えて欲しいって!!また、ブームの火付け役のケンドー小林にもブレイクして欲しいって!!
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ド・演歌ファイター 越中詩郎!!
2007/02/05(Mon)
≪越中詩郎の功績≫
 
 最近ブレイクの予感(?)がする越中詩郎、やっぱりこの人はすごい。この映像から懐かしさと同時に、ものすごくアツイ男臭さが伝わってくる。越中芸人と共に、今年再びブレイクしてくれることを期待したい。
 越中の会社名『K2』というのは、ウケる(笑)。
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曙・武藤親方の元へカムバック!?
2007/01/26(Fri)
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 曙が総合格闘技から撤退することを示唆した。全日本の2・17両国大会に参戦が決定した曙は、武藤社長とともに会見し「一から出直したい。今後は真剣に考えたい」と総合を捨ててプロレスに専念する意向を明らかにした。
 失意の曙に手を差し伸べたのが武藤社長だ。20日にマスコミを通じて参戦をオファー。曙が「武藤親方からオファーをもらい、やる気になった」と応じ即決。武藤も「総合とプロレスは別。レスラーとして生きざまを見せるべきだ」と訴えた。対戦相手について、武藤は「シングルでもタッグでも曙がむきになる相手を用意する」と約束した。(スポナビより)

 ようやく、元の鞘に収まった感じだ。一昨年くらいに全日初参戦した頃から、格闘路線が向いていないことも、プロレスには向いていることも判っていたことだ。ここまで、プロレス1本できていれば、もしかしたら、チャンピオン戦線に名を連ねていたかもしれない。
 新日の時も、総合への参戦が決まる度、なんか筋が通らない部分に対して歯がゆさを感じたし、がっかりもさせられた。
 紆余曲折したけれど、せめてその経験を無駄にしないプロレスを確立し、本腰を入れてプロレス界を活性化させて欲しい。武藤親方の元なら、きっと成功するだろう。
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